あれからだいぶお店も繁盛してきて、活気を見せている。
本村が入ったことで、お客さんとのコミュニケーションもとれるようになってきているし、順風満帆になってきている。
この流れに乗って、売り上げが伸びるといいなと思うけど、どうかな・・・。
現実はいつだって難しく思い通りにはならない。
だからこそ、一生懸命に頑張りたいと思う。
本村はますます料理の腕をあげていき、私もぼやっとしていられなくなった。
私も料理の腕を少しずつあげていきたいけれど、今は管理栄養士の資格取得が優先だ。
たくさん勉強をして、まずは資格を入手しなければいけない。
絶対にとらなければいけないという事ではないから、落ちてしまったらもう一度挑戦してみようかと考えているところ。
ただ、資格を取得できる試験に申し込むとなかなかいい値段が必要となる。
「おっ、神楽勉強やってるな~!」
「うん、少しでも進めておかないとね。
早めに資格取って裏メニューとかも考えたいし!」
「俺も久々に、何か新しい資格でも取るかな~。
やっぱり資格は多くあっても困らないから、少しでも多く持っておきたいよな」
それは言えているかもしれない。
就職することが難しいと言われているから、資格は少しでも多く持っていた方が有利かもしれない。
漢検とか英検も大事だと思うけど、料理関係の資格とか他にも取れる資格があるのなら、ぜひ取得しておきたい。
資格を取得するにもお金がかかってしまうから、なるべく一発で合格したい。
そう思いながら、私はテキストを開いて黄色い蛍光ペンでアンダーラインをしいた。
こうしておくことで、大事な部分はどこであるのかわかっていいから。
そんな私の姿を見た本村が、キョトンとしている。
私のテキストを見るなり、何だか眼をキラキラさせている。
もしかして、こてこての資格コレクターなんじゃ?
私のテキストを見て、俺も資格取るための勉強がしたいと思っているんじゃないのかな。
本村の事だから、大いに考えられる。
だけど、資格を持っておくと何かと有利だから口出しは出来ないんだよね。
それに学んで資格を取得するのは、私ではなくて本村の方。
他にどんな資格を持っているのか、具体的に聞いて見ようかな?
「そう言えばさ、本村って・・・」
「あのー、すみません!
今少しよろしいですか?」
あれ、こんな時間に一体誰だろう?
開店までまだ4時間もあるというのに、もうお客さんが来てしまったのかな?
確認してみると、やってきたのは一般のお客さんではなかった。
大きなカメラを持っている男性が多く、何かの資料を持っている女性も立っている。
もしかして、テレビの人達なのかな?
びっくりして私が固まっていると、向こうが口を開いた。
「あの、もし良ければ少し取材させてくれませんか?
ACCテレビの特集でぜひ紹介させていただきたいんです!」
「ACCテレビって、あの夕方のニュース番組の事ですよね?
もしかして、あの特集にうちのお店が?」
「ええ、そうなんです!
こちらのお店は人気ですし、もっと多くの方に知っていただきたいと思いまして。
取材の方お願いできますか?」
いきなり取材させて下さいって来られても、正直困ってしまう。
何も準備をしていないし、そもそも開店までに時間だってある。
おまけに今日の予約客にはなんて説明すればいいのだろうか。
色々考えて断ろうかと思った。
この間、雑誌に掲載してもらったことでお客さんがたくさん来てくれている。
まだそのお客さんを案内することが出来ていない。
テレビの影響力と言うのは、雑誌よりもすごいと思うから対応できないんじゃないかと思う。
「受けてもいいんじゃないか?
客の足が増えるのはいいことだし、俺だって頑張るからさ、な?
きっとハルの奴だって納得してくれるって」
「簡単には決められないよ。
ハルにもちゃんと連絡して、それから今日来てくれるお客さん達にも撮影許可をもらわなきゃ。
自分達だけのことを考えて引き受けるのは、良くないと思うんだよね」
「全く、その通りですよ!
私の意見も聞いて、お客様の意見も聞かなければいけませんよ、本村さん!」
いきなり声が聞こえて、私と本村は声のする方を見た。
そこにはハルが立っていて、少し怒っているような様子だった。
怒っていると言っても、頬を膨らませている程度だから大丈夫だと思う。
開店まで時間があると言うのに、ハルも早々来てしまったらしい。
ハルと相談をして、それから予約しているお客さん達に連絡を入れて撮影許可の承諾を得ることに。
撮影をしても大丈夫との事らしく、私達は取材を引き受けることにした。
「取材、宜しくお願い致します。
ただ、開店から忙しい時間帯なので、撮影はそちらで進めて下さって構いません。
何かありましたら、申し付けて下さい」
「こちらこそ、宜しくお願いします。
わかりました、邪魔をしないよう撮影します!」
これで交渉成立という事になり、話を進めていくことになった。
テレビの取材なんて初めてだから、何だか緊張してしまう。
でも、ハルと本村もいてくれるから心配いらないかな?
何からしようかな・・・今は特にすることが無いから、撮影の準備だけしてもらって、開店時間にまた来てもらう事にした。
その間に、少し店内を綺麗にしておいた方がいいかもしれない。
「さき、テレビの取材ってどうすればいいんでしょう?
私達が働いている姿を撮影して、向こうでうまく編集して下さるんでしょうか」
「うん、たぶん普段通りに営業して撮影してもらえばいいんじゃないかな?
変に意識したら普段しない失敗とかしちゃいそうだもんね・・・。
本村、調子に乗ったら怒るからね?」
「乗らないって・・・緊張してそんな余裕ないって!」
あの本村が緊張して、顔が強張っている。
あの当時、本村も私も不良として対立して暴れていたと言うのに、今はこうしてお互いに緊張してしまっている。
そんな私達の姿を見たハルが楽しそうに笑っている。
そりゃあ、そうだよね。
あんなに勇ましくしていた人物たちが、今こうして緊張しているのだから。
本当は緊張しやすいから、人前に出るのって苦手なんだよね。
しかも、テレビって全国ネットだから多くの人達に見られるわけで。
そう考えたら、余計に緊張して顔が引きつってしまう。
その数時間後。
開店時間を迎えて、テレビクルーたちが戻ってきた。
軽く挨拶を済ませて、早速テレビカメラを回している。
緊張していたら何も始まらないし、少しでも意識するのを辞めなくちゃね!
伝えたいことも伝えられないから、何とか緊張感を払拭しなければ。
私はそう考えながら大きく深呼吸をして、自分を落ち着かせた。
そして、お客さん達がやってきて私たちはいらっしゃいませ!と言って出迎えた。
それからテーブルに案内して、私と本村はキッチンへ戻った。
「ソフトメンとカレー、あげぱん、焼きそば2種類、カレーお願いします!」
「はーい!」
一気にオーダーが入ってきて、私と本村で急いで作っていく。
焼きそば2種類と言うのは、私が作った焼きそばと本村が作った焼きそば。
味の違いを楽しんでもらうために、新しくメニューを増やした。
これが意外と好評で、人気メニューの一つとなっているから、内心とても驚いている。
その間にもカメラが回り、撮影が続いている。
とにかく、今は目の前にある仕事に集中しなければ!
そう考えながら、私は夢中で料理を振る舞っていくよう、心がけるようにした。
離れた場所で本村も頑張っているから、私も頑張らなくちゃ。
カメラが回っていても、私達の振舞いは一切変わらない。
ありのままで飾りっ気も特にないし、ただお客さんが楽しんでくれればいい。
「神楽てんちょー、600円チャージするから駄菓子食べて良いー?」
「どうぞどうぞ!
たくさん食べて下さい!」
「じゃあ、俺はにんじんとミルクせんべいとにんじんと・・・!」
何か同じものばかり集中的に食べられているような気がするんだけど・・・。
まぁ、満足してもらえることが大事だから構わないんだけどね。
だけど、そんな集中的に食べられてしまっては、仕入れのバランスが崩れてしまう。
駄菓子の中でも、ミルクせんべいは人気のある商品となっているため、すぐ品切れになってしまう。
ソースせんべいもすぐに品切れと言う場合が多くなっている。
駄菓子と言っても、やはり人気商品はすぐになくなってしまうから、困ってしまう。
最近では、どんなふうに仕入れて行けばいいのかハルと話し合って決めているから問題ない。
それに、私達もお金を払って駄菓子を食べることがあるから、なるべく多めに注文している。
「神楽、ちょっと卵取ってくれない?
オムレツ作るのに、卵取り忘れた!」
「もう、本村は相変わらずせっかちなんだから!
はい、たまーご!」
「おう、サンキュー!」
そう言って卵を2つ受け取った本村は、片手で卵を割りフライパンへ落とした。
片手で卵を割る姿が、何だか魅力的に見えてしまった・・・・ちょっとだけね!
私も以前何度も練習したけれど、片手で割れなかったからうらやましい。
何度練習をしてもうまく割ることが出来なくて、悔しい思いをしたことがある。
それなのに、本村は簡単にこなしてしまっている。
悔しいなー、私だっていつか絶対出来るはずなのに・・・!
その私の視線に気が付いたのか、本村が私を見てしれっと笑いもう一つ卵を片手で割って見せた。
わざと私に見せつけていることがわかって、思わず悔しさが込み上げてきた。
私はこれからコーンの中華卵スープを作るために、卵を2つ持って本村の方を見た。
お椀の中に卵を割って入れるため、私は卵をコンコンと軽く叩き片手で卵を割って見せた。
グチャッ!と音を立てながら、見事に失敗してしまった。
そんな私の姿を見て、本村が楽しそうに笑い、ハルも見ていたのか笑っている。
「まだまだだな?」
「本村のくせに生意気よ!」
そんな私達の姿を見て、お客さん達がどっと笑い始めた。
どうして本村には簡単に出来て、何度も練習してきている私には出来ないんだろう!
悔しいな、悔しいなー!!
この時、私はすっかり忘れてしまっていたんだ。
テレビカメラで全て収められていると言う大事なことを・・・。