以前よりもお店がだいぶ活気づいている。
猫の手も借りたいと言うのは、こういう事を言うのかもしれない。
それでも、嬉しい悲鳴だからいいんだ。
毎日全くお客さんが来ないより、ずっといいと思うから。
私は一生懸命に料理を作っていき、その出来上がった料理をハルがテーブルへと運んでいく。
皆美味しそうに食べてくれているし、懐かしいと言って盛り上がってくれているから、こっちまで楽しい気持ちになってくる。
やっぱり、一人でキッチンをこなしていくのは難しいと言うか、大変かもしれない。
弱音を吐くつもりはないけれど、ふとそう思ってしまった。
だからと言って、もうできませんというのは嫌だから、もう少し効率の良い方法を探してみよう。
「さき、焼きそばお願いします!」
「はーい、焼きそばね!」
私は急いでフライパンに油を入れて、焼きそばを作り始めた。
毎日こういうのも地味に力仕事だから、腕に筋肉ついちゃうんだよなぁ・・・。
右腕ばかり筋肉がついてしまって、左腕が鍛えられなくて困ってしまう。
ただ、この程度で弱音なんか吐きたくない。
その時、お店にある人物がやってきた。
私もハルもその人物を見て、言葉を失ってびっくりしてしまった。
「やほーっ、さき!ハル!」
「マコトさんっ!」
やってきたのはマコトさんだった。
マコトさんと会うのはいつ振りだろう・・・お店を設計してくれたあの時以来かもしれない。
それからお互いの夢に向かって頑張ろうって決めたから、あれ以来全く会っていない。
ただ、メールでの連絡を続けているから、全く話していなかったというわけではない。
でもこうしてお店に来てくれるのは、本当に久々だからすごく嬉しく思う。
私はマコトさんを迎え入れた。
「マコトさん、どうしてここへ?
もしかして、わざわざ寄ってくれたんですか?」
「あったりまえじゃん!
あの時以来だしさ、あの雑誌を見て来ちゃったんだよな~!
よくあの雑誌の取材来たね?」
「うん、私もびっくりしちゃって、緊張しちゃって・・・。
ハサミに糸を巻き付けて緊張ごまかしてたんだよ」
「それって、忘れ物を思い出す時のおまじないじゃないか?」
「えぇっ!!!」
そうだったのか・・・だから緊張感が全くほどけなかったのか・・・。
通りでおかしいと思ったんだよな・・・効果が得られなかったから。
そうか・・・忘れ物を思い出す時にするおまじないだったのか。
実は、あの後ハサミに巻き付けた糸をほどくのに時間がかかってしまった。
何とかほどいたけれど、ほどくのは本当に大変だった・・・。
マコトさんがあの雑誌を読んで来てくれて嬉しいけれど、無理させてしまったんじゃないかって、心配になってしまった。
普段仕事で忙しくしていることを知っているから、申し訳ない気持ちがわいてきてしまった。
「せっかく来たから、あたしも手伝ってあげるよ!
雑誌の影響で忙しくなってきてるんだろう?」
「でも、マコトさんだって仕事帰りで忙しくて疲れているでしょう?
座ってご飯でも食べて帰って行って下さいよ、ね?」
「なんだよ~、さき!
あたしの体力バカにするなよ~」
そう言って、マコトさんが手伝いを始めてしまった。
正直、手伝ってくれるのはすごく嬉しいことだけれど、疲れている中そうさせてしまってとても申し訳なく思ってしまう。
本当だったら、今すぐ美味しいご飯を食べさせてあげたいのにな・・・。
だけど、今日は本当に忙しいから、マコトさんが来てくれて助かった。
ここは素直にマコトさんのお言葉に甘えておこう。
この借りはいつか必ず返さなくっちゃ。
それにしても、マコトさんは相変わらずパワフルと言うか元気で、見ているこっちまで明るい気持ちになってくる。
いつの間にか、お客さん達とも打ち解けていて楽しそうに話している。
私には持っていないものをマコトさんは持っているから、うらやましく感じる。
私にも積極的に話せる能力があればいいんだけれど・・・。
「さきー、あげぱんとアイス追加で!」
「はーい!」
最近、あげぱんとアイスという組み合わせが人気になってきている。
誰から始まったのか特に覚えていないけれど、この食べ方が広まってきているのは確かだ。
ただし、どちらも甘いから甘いものが苦手な人は頼めないと思う。
本当は少しだけ食べてみてほしいんだけどね。
すると、マコトさんが“ハイハーイ!”と大声で言って手を叩いた。
一体何を始めるつもりなんだろうか。
内心ドキドキしながら私はマコトさんを見守った。
それはハルも一緒で、二人してマコトさんに注目した。
「もうすぐラストオーダーのお時間です!
皆さん、もう悔いはないですかー?!
閉め切っちゃいますよ~」
「ちょっと待ってくれ!
俺まだソフトメン頼んでねーし!」
「私もまだシチュー頼んでなかった!」
次々に注文が入ってきて、私は大忙しだった。
もうすぐラストオーダーだったけれど、注文が無かったからもうお腹いっぱいになってくれたんだと思っていた。
だけど、マコトさんが言った瞬間、まだ食べていないものがあると言って注文する人が多かった。
もしかして、毎回こうやって確認をすればちゃんとお客さんのニーズに応えることが出来るのかな?
私もこれからは、マコトさんを見習って確認するようにしようかな。
次々にメニューをテーブルへと運んでいき、ようやく私の仕事に一区切りついた。
あんなに戦場のような時間が嵐の如く過ぎて行ったなんて、信じられない。
あの時は確かに死ぬかと思ったのに、私にもやりとげることができたんだ・・・。
大変なことをやりきった後って、こんな達成感があるものなんだ。
今まで何事も中途半端にやってきていたから、全く知らなかった。
「ほら、お客様のお帰りだよ!」
マコトさんが元気よくお店の外までお客さん達を見送りに行く。
私もハルも一緒に、丁寧に頭を下げて見送りをする。
また食べに来てくれるといいな・・・!
お客さんを全員丁寧に見送り、お店には私達3人だけになった。
お店をしめて、私とハルは食器を洗っていく。
マコトさんは、各テーブルを綺麗に拭いてくれている。
マコトさんのような元気な女性が新しく入ってくれるのも、私としてはすごく嬉しいかもしれない。
私はそんなに活発ではないし、あんなことも到底真似できそうにない。
「さき、あたしで良ければまたいつでも手伝いに来るからさ、遠慮なく言ってよね!
疲れているからとか遠慮しなくていいんだよ。
私はさきとハルの大親友なんだからさ、二人が大変な時は協力したいんだ」
「マコトさん、ありがとうございます!」
「ありがとう、マコトさん!
今度は変な遠慮しないで、素直に甘えることにしますね!」
「そうそう、そうこなくっちゃ!
それにしても、相変わらずにぎやかで楽しいお店じゃん」
マコトさんが笑いながら言う。
言われてみれば、このお店ではいつも笑い声が絶えないような気がする。
皆が笑って楽しんでいるから、私達まで明るくなってくる。
仕事帰りだからみんな疲れているはずなのに、あんな楽しそうにしてくれている。
これって、役に立てているって思ってもいいのかな?
少しでも、仕事のストレスや疲れを癒すことが出来ればいいな。
「マコトさんは、お仕事の調子はどうなんですか?」
「んー、実は少し手こずってるんだよな~。
実はこのデザインを頼まれたんだけど、どうしたらいいと思う?」
マコトさんはテーブルとイスの写真を見せてきた。
どうやら幼稚園や保育園で使うものらしいけれど、デザインが思い浮かばないんだとか。
角がとがっている物は危険だという事で、丸みを帯びているデザインにしたらしいんだけど、そこから先のデザインがまったく思い浮かばないとの事らしい。
子供たちが使うものだから、やはり角は丸みのあるものが望ましいよね。
でも、それだけじゃやっぱり物足りない・・・何か目立つものがあればいいんだけれど。
「テーブルは丸みを帯びた物にして、椅子を工夫してみたらいかがですか?
例えば、背もたれの部分を動物にしてみるとか!
もちろん、とがっているのは危険だから丸く削ったりする」
「なるほどね・・・テーブルも工夫したいんだよなぁ」
テーブルも工夫・・・四角いものだと危ないもんね・・・。
どうするのがいいんだろう?
幼稚園とか保育園のテーブルだったら、少し小学校で使うようなテーブルの方が小学校へ上がった時、不安な気持ちが少なくていいような気がする。
でも、そうしてしまったら椅子のアイデアもまた変わってきてしまう。
デザイン性やインパクトも大事だけど、環境の変化を考えるとやっぱり小学校で使うようなものを少し工夫した方が良さそう。
「小学校で使われている椅子と机を少しだけ工夫してみるっていうのは?
具体的なことは言えないんだけど、ほら、小学校に上がっても使っている物が似ていれば、変に緊張したりしないと思うんですよね!」
「確かに、子供は環境が変わってしまうと内向的になりがちですし・・・。
後はどんなふうに工夫をするのか、という事ですね?」
「分かった、そっちの方向であたしも考えてみるよ!
色々アイデアを出してくれて、二人とも本当にありがとね!」
お店を手伝ってくれたからお互い様だと、私は思っている。
本当だったらもっと良いアイデアを提供してあげたかったんだけど、浮かんでこなかった。
だけど、マコトさんが喜んでくれたからよかったのかな?
私も少し何か考えて、いいものが浮かんだら、マコトさんに連絡をしよう!
丸みを帯びていて、小学校の机に似ている作りのテーブルとイス・・・。
その時、急にアイデアが浮かんできて私は近くにあったノートを手にして書き記していく。
言葉ではうまく伝えることが出来ないと思って書き記していくと、マコトさんが納得してくれた。
廃材などで作るエコなテーブルとイスで、角はケガをしないよう丸みを帯びている物。
これならケガをしないし、温かみがあるしエコだから地球環境にも優しいよね!
マコトさんは、早速上司に連絡をして私のアイデアを伝えてくれていた。