実はあの後、あの男性からプロのバレー選手になってみないか?と誘われた。
私には跳躍力もあるし正確なコントロール能力もあり、何より最後まで諦めない姿勢がいいと高く評価してもらった。
それは素直にすごく嬉しいことだけれど、正直返事に困ってしまった。
だから返事は待ってもらうように伝えた。
最初は断ったんだけど、もう少し考えてほしいと言われて、それ以上何も言えなかった。
合宿とかしたら、お父さんを一人にしてしまう。
ハルやマコトさん達にも会える機会が少なくなってしまう。
それが何よりも嫌だった。
「さき、あの話断ってしまったんですか?」
「ううん、まだ考えてるけど・・・私。
お父さんを一人になんか、したくないよ。
ハル達とも会えなくなるの嫌だし、今は通信制高校とかバイトを優先したいと言うか」
これが私の素直な思い。
皆と離れたくないし、せっかく通信制高校に通っているから辞めたくない。
最後までちゃんと通って、みんなと一緒に卒業がしたい。
私は別にバレー選手になりたいわけじゃないんだ。
確かに、人を勇気づけたり夢を与える職業だってことくらいわかってる、でも。
世界を背負って立つほど私は、精神的に強くない。
そんな実力もないし、あったとしても挫折とかも経験すると思う。
色々考えると、やっぱり今が一番ベストなんじゃないかって思うんだ。
「さきのしたいようにすればいいんですよ。
さきの未来も幸せも、さきが決めること。
他人にとやかく言われて決める必要なんて、一切ないんですよ」
「自分の未来も幸せも、私が決めること・・・?」
他人の意見を聞くことも大事だけど、最終的に決めるのは他の誰でもなく自分なんだ。
いつまで活躍できるのか分からない世界へ飛び込むよりも、毎日が楽しくて安定している世界の方が、私にとってはずっと幸せのような気がする。
確かに、プロ選手になれば地位も名声も得ることが出来るし、たくさん稼げるかもしれない。
でも、お金よりも私は人とのつながりとか関係とか、絆とかそういったものを大事にしたいと強く思っている。
「ハル、私やっぱり断るよ。
私はやっぱりみんなとの関係を大事にしたいし、プロに興味なんてないもん。
男性には悪いけど、ちゃんと断るようにする」
「お金も稼げるし、人気も得られるのにいいんですか?」
「お金なんて違う方法でも稼げるし、人気だっていつまで続くものなのかわからない。
そんな儚いモノよりも、私は今自分の目の前にあるものを大切にしたいんだ。
・・・おかしい、かな」
「さきらしくて私はいいと思いますよ。
本当にあの頃と比べて、さきは変わりましたね」
ハルは笑いながら言う。
あの頃と比べたら、だいぶ変わったんじゃないかと思う。
昔までは何もかもがめんどくさくて、いつも後回しにしていた。
でも、今は率先して今日できることを今日のうちにしている。
それに、相手の立場になって考えることが出来るようになったから、言葉を選ぶようになった。
一度口から出してしまった言葉は、取り消すことが出来ないから。
だからこそ、言葉には気を付けないといけない。
最初に比べたら、言葉遣いも少しずつまともになってきた気がする。
そんなことを話しながら、課題を進めていく。
「それにしてもさき、少しずつ問題解けるようになりましたね!
数学なんてほとんどバッチリじゃないですか」
「ハルが教えてくれるからだよ。
いつも本当にありがとうね」
「なんですか、急に改まって?」
感謝の気持ちは言葉にしないと伝わらないと思ったから。
自分の気持ちを伝えるのは得意じゃないけど、伝えておきたいんだ。
通信制高校の課題もスムーズに進んでいるし、スクーリングも今まで一度も欠席していないから、出席日数も問題ない。
毎日が楽しくて、かけがえのないものになっているのが自分でもよくわかる。
通信制高校ってこんなに楽しくて、自分を成長させてくれるものだったんだ・・・。
「さき、高校卒業したらどうするんですか?」
「うーん、どうしよう。
上原さんみたいに何かお店持ちたいなー。
お客さんが笑顔で楽しめるようなお店を」
「それ、すごくいいじゃないですか!」
「小さなお店でもいい。
小さな子供も大人も楽しめるようなさ」
私が幼い頃、私は楽しいことをした記憶があるけどお父さんはどうだったんだろ?
子供と一緒にプールとかキャンプに行っても、親は疲れてしまうだけなのではないか。
自分が成長したことで、親の気持ちが少しずつ分かるようになってくる。
だからこそ、大人でも楽しめるような何かをしてあげられたらと思うんだ。
大人が子供に戻れるような・・・なんて言うんだろ?
すると、ハルが紙を取り出してアイデアをまとめ始めた。
「大人が童心に返れるようなお店が良いんですね?
だったら、・・・こんな感じとかどうですか?」
「うん、そのお店の雰囲気いいよね!
懐かしい感じがするし、居心地もいい気がする」
二人で色々なアイデアを出して、紙にまとめていく。
まるで内緒の話をしているみたいで、すごく楽しい。
いつか自分のお店を持ってみたいと思ったのは、本当につい最近なんだ。
夢なんて全く持っていなかった私が、今ではお店を持ちたいと思っている。
これって変わってきた証拠なのかな?
今日は勉強をしながらハルと将来の話をして楽しんだ。
それから私は断りの連絡を入れた。
失礼のないように、きちんと伝えたいことをメモ帳に書いて話したから、たぶん大丈夫だと思うけど・・・不安だ。
相手が電話に出て、丁重にお断りをすると相手も快く納得してくれた。
理由を聞かれて嘘偽りなく話したら、理解してくれた。
これで私のやるべきことの一つが済んだ。
プロの話は悪い話ではなかったけれど、縁が無かったんだ。
普通の人だったらいい話だと飛びついたかもしれないけど。
「さきちゃん、話があるんだが」
「なんですか?」
今はバイトをしていて、お客さんもまだ来ていない。
準備をしていると、上原さんが真剣な表情をして私に話しかけてきた。
何だろ・・・私何かしちゃったのかな?
どぎまぎしながら黙っていると、上原さんが口を開いた。
その瞬間、私は姿勢を正しくしてその場に立った。
「高校を卒業したら、この店で正式に働かないか?
一生懸命頑張ってくれているし、君はもっと成長できると思うんだ。
常連さん達も君を気に入っているし」
「嬉しいんですが、まだ先の事は・・・」
「今すぐじゃなくても全然構わないよ。
ゆっくり考えてくれて構わないから」
「はい」
通信制高校を卒業したら、このお店で正式に働く、か・・・。
全然考えたことが無かった。
もともとここへ来た理由はあの家を出たかったから。
しかし、現在はもうそんな理由なくなってしまった。
ここで働くのが楽しくて、ずっと当たり前化のように働き続けてきた。
正式に働くって正社員として働くっていう事だよね?
せっかく上原さんが誘ってくれたから、出来ればいい返事をしたいけど・・・。
私は、今の素直な気持ちを話すことにした。
すると、上原さんは優しく笑ってくれた。
「そうか、さきちゃんはやりたいことを見つけたんだね。
自分の夢を叶えるために、オレも何か力になれることがあればなりたい。
何か困ったことがあれば、いつでも相談してくれ」
「ありがとうございます!
上原店長が味方でいてくれると、心強いです」
私の夢、いつか叶えることが出来るだろうか?
ううん、叶えたいと思う。
今まで何もやる気が無かったけど、今度はちゃんと頑張りたい。
いつものように常連さんが来て、早速注文を取りに向かう。
上原さんが常連さん達に私の夢を話す。
すると、みんなが私のことを応援してくれて伺ってくれると言ってくれた。
まだどんなお店にしようか迷っているけど、きっといいアイデアが浮かぶと思う。
「じゃあ、店を持ったらさきちゃんが店長になるのか~!
おっちょこちょいのさきちゃんに務まるかな」
「あっ、言いましたね!」
笑いながら話していると、上原さんも笑っていた。
応援してくれる人がいるって、こんなにも嬉しくて頼もしい事だったんだ。
私が今まで知らなかったことが、小さな欠片となって私の元へ集まってくる。
今になって本当に思う。
私は自分の事しか考えずに、他人に無関心だったんだって。
生きた屍になっていたのは、兄ではなくて・・・私の方だったんだ。
あの頃に比べて、少しは私も人間らしくなってきたかな?