今日は定休日。
今まで短い間だったけれど通信制高校の講師として出勤していたから、久々のお休み。
せっかくの休日だから、どこか出かけて気分転換でもしようかな?
普段はお店の事で忙しいし、最近は管理栄養士の資格を取得するために勉強もしていて全く息抜きをしていなかった。
息抜きをしなきゃ、頑張りすぎて倒れてしまう。
近くの公園だとしっくりこないから、少し自転車に乗って風にでも吹かれようかな。
風に吹かれるって、すごく気持ちいいことだから。
私は自転車に乗って、少し遠い場所へと向かった。
電車で二駅分の距離を思うがまま、自転車を走らせていく。
「ふー、よく漕いだなぁ」
少し休憩することにして、私は見かけた公園に入りベンチに座ってミネラルウォーターを飲んだ。
やっぱり冷たい方がおいしくて、さっぱりするよね!
私はがぶがぶ飲まず、ゆっくり少しずつ口へと運んでいく。
もうすぐ冬がやってくる。
今は秋だからとても過ごしやすくていいけれど、これから寒くなって風邪やインフルエンザが流行り始めるだろうな・・・。
私もそうならないように気を付けて生活していかなきゃ。
一人でそんなことを考えながら、ベンチに座り秋空を仰いでいるとある人物が顔を覗き込んできた。
・・・・!?
いきなり覗き込んできたから、私はその場で咽てしまった。
「やっぱり神楽だ!
久しぶり、俺の事覚えているか?」
「えっ、なに、どなた様ですか?」
いきなり声をかけられて驚いていると言うのに、名前まで知られているなんて。
いったいどうして私の名前を知っているんだろう?
私は彼の事を知らないし、たぶん会ったことが無いと思うんだけど・・・。
でも、久しぶりって言っているしどこかで会っているけど、私が忘れてしまっているのかな?
ダメだ・・・どこで会っているのか全く思い出せない。
私が黙って固まっていると、彼が少し寂しそうな表情をして笑った。
「やっぱり覚えてない?
ほら、かつて俺たち対立してたじゃないか」
「対立・・・あ、もしかしてあの時の不良グループの本村?!」
「そうそう!
いやー、ホント久しぶり過ぎじゃないか?
お前、どなた様ですかって別人みたいに話しやがって~」
「まぁ、私も成長してますから?」
私はえっへん!と言わんばかりに言い返すと、本村が笑った。
懐かしいな・・・そうか、あの不良グループにいた本村だったんだ。
あの頃とは雰囲気や顔つきが違うから、誰なのか全く分からなかった。
ずいぶん大人っぽくなったような気がする。
つまり、それだけ私も年齢を重ねているという事だよね。
あの時は対立していたけど、まさかこんな形で再会することになるなんて。
しかも、なかなかの好青年みたいになっているし、しっかりしていそう。
「本村は今どんな仕事しているの?」
「んー、実は✕✕カンパニーの重役取締役だったんだけど辞めちゃってさ」
「えっ、それってあのかなり有名な大手企業じゃない!
どうして辞めちゃったの?」
「気に入らない上司からなぶられて、やり返したら問題になってさ。
あんな奴の下じゃ働けない!って言って辞めてきたんだ」
気に入らない上司からなぶられた?
大人のくせに人をなぶって楽しんでいる低能な奴がいるんだ。
外見だけ年を取って中身変わらないって、結構悲惨なことだと思う。
成長できていないという事だもんね・・・。
確かに、そんな人間の下で私も働きたくないな。
それにしても、あんな有名な企業を辞めてしまったのは惜しいことだと思う。
じゃあ、今は仕事を探しているところなのかな?
「本村、仕事探してるの?」
「ああ、今絶賛就職活動中だ。
まぁ、一応色々な資格は持ってるから就職には困らないと思う」
「例えば、どんな資格を持っているの?」
「んー、最近は調理師免許の資格を取ったけど、なかなか飲食店は難しいな。
やっぱり経験を積んでないとキッチンには入れない」
本村、今調理師免許を取ったって言った?
つまり、料理が作れるっていう事だよね?
色々聞いてみると、他にも色彩検定を受けたりインテリアコーディネーターの資格も取得したと話してくれた。
もともと資格を取得することが好きで、よく資格を取得するため陰ながら勉強をして着々と検定を受けて資格を取得していたらしい。
不良として暴れていた時は違ったみたいだけど。
そんなに資格を持っているなら、就職活動では有利なはずなのに採用されないのは、やっぱり人柄重視している場所が多くなっているからなんだろうか?
本村っていつもこんな調子だろうし、あまり責任感なさそうだから任せることに対して、少し心配な面があるのかも。
「それなら私のお店で働かない?
調理師免許持ってるなら、キッチンに入りなよ」
「そういや、お前自分の店を持ったんだってな!
でも、その店に俺なんかが入ってもいいのか?
せっかくお前が開いた大事な店だっていうのに、大丈夫なのか?」
「何、変に気を遣ってんの?
本村だから声をかけたのに」
「マジでいいのか・・・?
だったら、俺、張り切ってお前のフォローするわ!」
本村は嬉しそうに笑いながら、そう言って私にガッツポーズを見せた。
まるで子供のように喜んでいる。
メニューについては、今後ゆっくり教えて行けばいいし、最初は比較的に簡単なレシピから伝授していこうかな?
急いで教えたってきっといいことなんてないから。
それに調理師免許を持っているから、包丁とか使い慣れていると思うし、もしかしたらスムーズにレクチャーすることが出来るかもしれない。
私はお店の場所を教えて、どんなお店なのか本村に細かく説明した。
店員になるなら、お店の事を把握しておく必要があるし、メニューについて質問された時にわかりませんっていうのは失礼だと思うから。
一通り説明していくと、本村が目を輝かせていた。
「今から行くのはまずいよな?
少し実際に作ってみたいんだけどさ・・・」
「お店のカギなら私が管理しているから、構わないよ。
早速今から行ってみようか?」
私は本村を自転車の後ろに乗せて、自転車を漕ぎ始めた。
やっぱり男子だから少し重たい。
だけど、これもまたいい運動になると思えばどうってことない。
遠くまで自転車を乗ってきたから、だいぶ距離がある。
その距離を漕いでいると途中で疲れてしまい、本村と交代しながらお店へと向かっていく。
こうして二人乗りをしていると、あの高校生の頃を思い出す。
懐かしいような気もするし、楽しいような気もする。
やっとの思いでお店につき、私は店内に本村を招き入れた。
本村は、興味津々に店内を見ている。
「すごい良い店じゃん!
それで、俺はどんな料理を作ればいいんだ?」
「えっとね・・・これがうちのお店のレシピなの。
出来れば一通り作ってもらえると有難いんだけど、少しずつで構わないよ」
「りょーかい!
それにしても美味しそうなメニューだな!」
「自信作しか出してないからね!」
私はそう言いながら、材料などを揃えて行く。
材料はすでに切ってあるから、あとは炒めたりするだけになっている。
まずは簡単な焼きそばから教えることにしたが、本村は作業効率が良くフライパンを振るのも軽々と上手にこなしていた。
技術だけで言うと本村の方が、私より上かもしれない。
私もフライパンを振ることは出来るけど、こんな上手ではないと思う。
忙しい時なんて、フライパンからこぼしてしまうし。
それに比べたら、やっぱり本村の方がうまい。
教えた通りに焼きそばを作り、私の前に差し出してきた。
早速味見をしてみることにした。
・・・もぐもぐ。
食べてみると本当に美味しくて驚いたけれど、味付けが若干違っていた。
だけど、いい線言っているから壊したくないな・・・。
「本村の焼きそば美味しいんだけど、少し味付けが違うみたい。
味だけ少し、こっちに変えてみてくれないかな?」
「わかった、それなら味付けだけ変えてみるよ。
作る奴によって味が変わったら、困るもんな!」
最初は作る人によってあじがかわるほうがいいかと思った。
そうすれば、その味の違いを求めてもっとお店に来てくれるんじゃないかって思ったから。
でも、それだとこの人の焼そばが食べたいとかもめてしまいそうだったからやめた方がいいよね。
トラブルになるようなことは避けた方がいい。
そう考えていると、本村が再び焼きそばを作り始めた。
何て言うか、仕事に対しては本当に真面目で一生懸命なんだな。
あの頃は敵対していたから、嫌な部分ばかり探していたけど、こうしてみてみると、いいところが多くある事に気が付く。
「ねぇ、作るときわざと味を変えて出すのもいいかもしれないよ?
今日はこっちの焼そばが食べたいとかあってもいいんじゃないかな。
もちろん、ハルにも聞いて許可取る必要があるけどね」
「そうだな!」
そう言うと、本村も賛成してくれた。
ハルについても少し話したけど、実際に会った方が早いと思ったから下手なことは言わないことにした。
勝手に決めてはいけないと思い、私はハルにメール連絡をした。
新しい仲間が増えたことで、私も少し嬉しくなった。
まさかこんな形で再会して、一緒に働くことになるとは思っていなかった。
今後、少しずつ成長しながら少しずつ変わっていくのかな?